御所市・名柄

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御所圓照寺本堂

■地区概要

東西750m、南北300mの範囲内に、260年余り前の江戸時代から続く風格のある町家が多く遺され、落ち着いた町並みが今尚、当時の面影のまま、軒を連ねる。甍、格子、家紋の入った袖壁、虫籠窓などが町に解け込み、時代錯誤をしてしまうほど。
江戸時代の御所まちは、街道の交差点で町中を走る高野街道を北上すると、竹之内街道を経て大坂や伊勢へ通じ、南下すれば、和歌山へ通じる大和街道や好のを東西に通る伊勢南街道に繋がっていた。そのため、物資中継地として大いに栄え、西国札所巡礼や伊勢信仰のおかげ参りの折に各地から御所に立寄る。従って、人々で町は賑い、木綿の大和絣、菜種油、薬種、運送、醸造、旅籠、など色々な商売が栄えた、商都であった。江戸期、大和にあった集落は、ほとんどが「村」で、「町」と名が付く所は、わずかしかなく、御所町は奈良町、今井町(橿原市)などと共に、活気のある「町」として知られていた。「ごせまち」という呼び名は 豪壮な町家群と共に反映の証である。甘柿のルーツ 御所柿 は江戸時代以前、御所の地で生まれ 数百年後の歴史を得た今も 幻の甘柿の原種 の称号に相応しく今も 御所まちで実り続けている。

■団体概要

私たちのまち「御所まち」(御所市中心市街地)を、このまま眠らせておいていいのだろうか? 動かなかったまち。動かなかった私たち。お互いに力を出し合えば、まちは動くはず。少しでもいいまちにしたい思いは皆同じ。出来る事から行動に移していこう。そんな気持ちから住民有志が、2004年(平成15年)9月、NPO法人特定非営利活動法人ごせまちネットワーク・創を創設しました。 遺産を守るだけではなく、今、このまちに暮らしている私たち自身が、生き生きした交流を深め、助け合い、住み良い、安心して暮らせる活気のあるまちをつくりあげていきたい。『生き生きした風格あるまち』を旗印に、まちづくり運動に取り組んでいます。「ごせまちネットワーク・創」の"創"(そう)には、「無気力」や「あきらめ」から脱して、みんなの力を結集し、生き生きしたまちを「創造」していこうとの思いを込めています。小さな輪をネットワークの「力」で、大きな輪に仕上たいと思いっています。

■地区への思い

御所町は奈良町、今井町(橿原市)などとともに、活気のある「町」として知られていました。積極的に商工業を興した町人である先人たちが、この町並みを築きあげ、仕舞屋(しもたや)になって以降も、子孫によって大切に修復されながら守られてきた町家と町並みを「御所まち」の誇りとして、現代と未来に生かしていけるまちづくりが進めます。遺産を守るだけではなく、今、このまちに暮らしている私達自身が、生き生きとした交流を深め、助け合い、住み良い、安心して暮らせる活気のあるまちを築きたい。町並みにマッチした、お洒落なカフェや食事が楽しめる店が身近にあれば、仲間、家族の交流に彩りを添える上、お客さんを身近な店に案内することもできる。そんな店も、市民活動の拠点もほしい。夢は沢山。私たちは精力的にそんな仕掛け役も担いたいと考えています。

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