田原本町・田原本

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材木町の町並み


まちなみ風景

■地区概要

田原本町は、奈良盆地の「国中」に位置し、唐古・鍵遺跡に見られるように、約2400年前の弥生時代には、すでに近畿最大の環濠集落が形成されていました。そして古代には飛鳥京、藤原京、平城京を結ぶ大動脈として「太子道」「中ツ道」「下ツ道」が設けられました。中世になって「下ツ道」は径路を一部町中に移して「中街道」となり、交通の要所として、また、寺川などの水運を利用した物流の集散地として大きく発展しました。
安土桃山時代には、豊臣秀吉の家臣として活躍し、「賎ヶ岳の七本槍」の一人、平野長泰が、その功績により田原本へ5千石で入部しました。すでに教行寺の経営に始まる寺内町は、教行寺が箸尾へ移転した後、教行寺の跡地に浄照寺と本誓寺が建立され、陣屋の建設とあいまって今の田原本の町並みが出来ていきました。そして特色ある町文化を発展させ、「大和の大坂」と呼ばれるほど繁栄しました。領主平野家が尊宗した祇園社(現在の津島神社)の祇園祭(7月中旬)は、中和最大の夏祭りとして今も賑わいを見せています。
また、古代鏡の鋳造に深く関わった鏡作神社、「古事記」を編纂した太安万侶で知られる多神社、壬申の乱で大海人皇子(後の天武天皇)を勝利に導く神託を授けたた村屋神を祭り、古戦場での故事を伝える村屋神社などは、中和有数の式内大社です。

■団体概要

近鉄田原本駅前整備が進み、平成22年3月には駅前広場が完成し、駅周辺と京奈和自動車道を活かした田原本町の「新しいまちづくり」が始まります。一方、中街道を軸に「田原本陣屋町・寺内町」の面影を残す江戸時代からの歴史的町並みが残っています。これらの町並みを活かした「まちづくり」を町民主体で考えていく組織として、「田原本・まちをすきになる会」が、平成22年に発足しました。現在、会員を広く募集中で、歴史的な町並み・家並みの保存と活用を通じて、これからの田原本町のまちづくりに共に関わっていこうと考えておられる個人・法人・団体の方々の参加をお待ちしています。

■地区への思い

田原本は、1万年前に人々が住み始めた歴史を有する町です。各時代を代表する遺跡、寺社、建築物、町並みが数多く残されており、歴史のオーラに包まれながらそれぞれの時代の香りを味わうことのできる貴重な町です。特に中街道に沿った町並みは、寺内町・陣屋町・問屋町の複合した独特の魅力を醸し出しています。かつて賑わった町並みの再生を願いながら、一歩ずつ活動を進めていきたいと思っています。

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